不快な表現

「神~」を常用する奴はスピークオナニストである

スピークオナニスト?なんのこっちゃ。あなたはそう思っただろう。

この世のどこにもない私独自の言葉だから当然だ。日本語にすると「発言自慰者」あたりか。

やたら「神回」「神曲」などの極端な発言をする者は、もはや自慰行為であるという認識からきている。

「神回」「神曲」「神対応」と叫び絶頂するオナニー猿

少し心を動かされた程度で「神~」と発する奴らがいる。「神回」「神曲」「神対応」「神絵師」「神アイテム」「神アプリ」「神棚」など。

おっと。「神棚」は別におかしくなかった。おかしいか否かを区別できなくなるほど「神~」に溢れた日本。

「神曲」を連発している日本人にダンテの書籍を翻訳した人はどう思っているのか訊きたいところだ。

「神曲(かみきょく)」だ?「神曲(しんきょく)」だろうが!と怒るのか、それとも「神曲(しんきょく)」を宣伝してくれてありがとう!と感謝しているのか。恐らく前者だ。

「神~」をやたら遣う奴らを見ていてつくづく思う。「オナニー/自慰」だなと。「神回」「神曲」「神対応」などと発言することで、脳内から快感物質でも出ているのだろう。

「神」でオナニーをしているというわけだ。これぞまさに「神オナニー」。

ところ構わず「神~」を連呼し自慰に耽り絶頂する。これでは猿と大差ない。「神オナニー猿」とでも言っておこう。

オナニストだらけの日本

「神~」の乱用は個人だけではない。情報提供媒体もセレクトショップもみんなこぞって神神神。

「三密」が警戒されていた頃でさえ、世間は何処もかしこも「神~」でひしめき合っていた。所詮世間はそんなものかも知れない。

ところが、日本の現状を憂いより良くしていこうと思う場にさえ「神~」が侵食している。

桜井誠氏の動画を少し観ていたら関連動画に気になる文言があった。東京都知事選の演説動画のタイトルに「神回」「神演説」などと付けているのだ。

確かに桜井氏は「たぎる」演説をする。朝鮮半島史についての豊富な知識と「在特会」での経験値を背景にした弁論は熱を帯び怒りに集約される。

荒々しい部分をさらけ出しながらも、説得力を失わない稀有な演説だ。

しかし、あの演説に感動した我々が「神回」「神演説」といった表現をしてしまうことで、とたんに陳腐に感じられる。

アニメが好きな人ならご存知かも知れないが「ラブライブシリーズ」でメインキャラを支える端役を「神モブ」と呼ぶらしい。

名前があるキャラもいるのに、彼女たちを「モブ」扱いすることに若干違和があるのはさておき


「モブ」に「神」と冠を付ける言語センスは「コイツラ、アタマ、オワッテイル」としか思わない。

「神オナニー」に狂っているバカ共である。

整理収納界隈では「ダイソー」や「3COINS」や「ニトリ」などに「神」がいるそうな。七尾亜紀子からすれば、100円のアイテムにも「神が宿る」らしい。恐れ入った。


ついでに言えば「収納のプロ目線」と書いているが「視点」の間違いだろ。

「目線」は目を隠す黒いやつだバカ。



不動産界隈ではこんな本のタイトルを見つけた。

「不動産業者に負けない24の神知識」



この一言しか出てこない。

流行語や極端な言葉が思考を低下させるプロセス

これまでの流行語を少し挙げてみよう。

流行語

昭和二十三年(1948年)
「てんやわんや」

昭和三十二年(1957年)
「よろめき」

昭和四十五年(1970年)
「鼻血ブー」

昭和五十七年(1982年)
「ネクラ/ネアカ」「逆噴射」「ほとんどビョーキ」

昭和六十一年(1986年)
「新人類」「財テク」

平成八年(1996年)
「アムラー」「チョベリバ」

平成十五年(2003年)
「なんでだろう~」「へぇ~」「ゲッツ」

当記事を執筆している時点では「神」「草」「エモい」「コスパ」などが世間に溢れている。

五十年後にこの記事を見た人は大笑いすることだろう。こんな言葉がもてはやされていたんだなといった具合に。

流行語や極端な表現に共通するのは「思考の低下」だ。何故、思考の低下が起こるのか。そのプロセスを示そう。

流行語や極端な表現が思考を低下させるプロセス

反射的に流行語や極端な表現を用いる

表現を考える手間が省ける

それを繰り返すうちに思考が面倒になる

結果、思考が低下していく

プロセスという程のものでない。まともな人なら誰でもこれくらいのことはわかる。

私は別記事内の【言葉の操り人形とマザーテレサの誤り】という項目でこのように述べた。

「人は必ず言葉を用いて思考している」
「思考には言葉のインプットという前段階が必要」
【不適切用法】育児に「ワンオペ」なんてないもし、保育所・幼稚園で保育士や教諭が「ワンオペ」と言っていたらどうだろう。良い気分にならないのが親として真っ当な心理なはず。その一方で、我が子との暮らしを「ワンオペ」と言ってのける親がいる。あなたがどう思うか訊きたいところだ。もし「ワンオペ」と言い放つ保育士や教諭に不快感を抱きながら、自身が「ワンオペ育児」と...

流行語や極端な表現ばかり用いていると単純な回路しか働かなくなる。単純な回路ばかり使い続けた先に待っているのは無思考あるいは思考停止。

要はバカになるということだ。

言葉のハイパーインフレ

「MMT」の議論でよく「ハイパーインフレの懸念」が出てくる。それについて、ここでは掘り下げない。

私が日本人に述べたいのは「言葉のハイパーインフレこそ懸念せよ」ということだ。

「神」や「コスパ」を無神経に乱発されると、それらの言葉の価値がドンドン下がる。すると適切に「神」や「コスパ」を用いている意見さえ信用できなくなるのだ。

適切な「神」や「コスパ」の用い方とはこういったもの。

緊急事態において患者に対する医師の手技は「神がかり的」だった。
この製品はコストパフォーマンスに優れている。何故なら、家計の負担が多くなる年次になっても、維持費と修繕費は上がらないからだ。しかも、使用するほどあなたの手に馴染んでくる。非常に優れた製品だ。
あのドライビングテクニックはまさに「神業(神技)」としか言いようがない。

元ラリードライバーの神岡政夫氏が現役時に編み出した「神岡ターン」はまさ「神技」。

スピークオナニストあれこれ

「神~」に限らず流行語や極端な表現というのは必ず自慰状態になる。そんな「スピークオナニスト」は様々な領域にいるのだ。

「ヘイトスピーチ」
「排外主義」
「ジェンダーバイアス」

と叫び絶頂する「被差別スピークオナニスト」

「神アイテム」
「神パンツ」
「神コスメ」

と叫び絶頂する「ファッションスピークオナニスト」

「神曲」
「神歌詞」
「神ライブ」

と叫び絶頂する「音楽スピークオナニスト」

いやはや、至るところで自慰を見せられるこちらの身にもなってほしいものだ。

お前らが連呼する「神」なんぞトイレットペーパーにも劣る

溢れかえる「スピークオナニスト」を見ているとこう言いたくなる。

お前らが連呼する「神」なんぞトイレットペーパーにも劣る

と。

なければ困るトイレットペーパーと比べるまでもなく「神」「神」「神」「神」と叫んで絶頂しているパッパラパーは何の役にも立たない。それどころか、思考が低下した奴らが増えてこちらは大変迷惑している。

「スピークオナニスト」を下水管に流してしまいたいところだが詰まりそうなので、圧搾処理してほしいものである。

「神~」という表現が世間の中心にある限り日本人は愚民のまま没落する

「スピークオナニスト」ばかりの日本を見るに、もうこの国は長くないなと思う。

冷静な言葉で綴る作業をやめた人間は、効率化と単純な標語に踊らされ国柄を変え、国体を崩壊させかねないからだ。

民の情緒だけで価値判断すると世の中がおかしくなるのはもう二千年以上前に指摘されている。つまり人間は二千年以上前の指摘から何も学ぶことなく精神的な進歩をしていないということになる。

情緒だけが国を動かすようになれば終焉は間近だ。今の日本は情緒が支配しようとしている。

「神~」という表現が世間の中心にある限り日本人は愚民のまま没落するのだ。

「神~」と崇めて終わっていくのは皮肉な感じもするが、新興宗教の信者に相応しい結末と考えれば納得できる。

「スピークオナニスト」とは言語的カルト宗教にすがりつく信者みたいなものなのだから。

アニメ界隈の奴らが「日本が核を持たない理由」とコメントしているのをよく見るが、案外冗談ではないような気がする。




神を冠して許せるのは「Gガンダム」くらいなものだ。勢いのあるあの作劇なら「ゴッドガンダム」やら「爆熱ゴッドフィンガー」やら言われようと納得するほかあるまい。

カルト宗教の洗脳がとけるのは、シナや北朝鮮に核兵器をブチ込んでもらって、半分程度に人口が減ったときくらいだろうか。今のままではそれも怪しい。

選べる贅沢を捨てる「言語貧乏」で一億総ボケ社会に向かう日本前項で例に出した表現に共通するのは、内(思考)と外(言葉)がバラバラな状態ということ。内と外がバラバラな状態を続けているとどうなるか。「徐々に無思考へと至る」のだ。「女子力」と「草」は既に「思考を放棄している域」に達している「無思考状態」なので救いようがない。まさに「一億総ボケ社会」だ。まったく、日本人は「再考」だぜ!!...
kotoba-heiwaboke
「言葉は生き物」という観念は平和ボケの産物である日本語の「適応」を続けてきたのは良い風習、「良習」と捉えることができる。「適応」を「現実主義」「プラグマティズム」と認識している人も少なくないだろう。ただ言語に対して「適応」「現実主義」「プラグマティズム」を突き詰めるとどうなるか。何十世代後か何百年後かはわからないが、形だけで中身はスッカラカンな日本語らしき何かになる...
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語求(ごきゅう)
「適切な言語感覚」を探求する者。「言葉の変化全肯定論者」の軽薄さと危険性を独自の視点で暴き出す。「言葉は生き物」「言葉に寛容になれ」と心無い批判をされた人よ。あなたの言語感覚は間違っていない。そんな奴らに屈するな。国防に必要なのは核武装 と言語の保守だ。アイコンはユルいが50代の筋トレおじさん。