このブログの趣旨ついては既にこの記事で述べているが
当ブログの趣旨は適切な言語感覚を探求することこんなブログをわざわざ作ったのだからからさぞ上品で丁寧な言葉選びをしているのだろうと想像している方は記事タイトルや文章に眉をひそめるかも知れない。私は殺意を抱きやすい性分でよく浮かぶ言葉が「ぶち殺したい」である。なんとも物騒な表現だと我ながら思う。日本語や言葉遣いを大切に思う人からすれば「本末転倒」で「不適切」と感じ...
もう少し簡潔に別角度で示しておきたい。
「言葉は変化するんだ!」「言葉は生き物なんだ!」こういった主張を見聞きするたび何か変だぞ、何かおかしいぞ、という直観があった。
ただ、その直観を証明するための論理を持ち合わせておらず非常にもどかしい時期を過ごした。
俯瞰的な視点を持ち平衡感覚があると自負しているインテリ気取りの人間ですら「言葉は変化するんだ!」「言葉は生き物なんだ!」といった主張をするので、その時期は憤りすら抱いていたものだ。
だが、ようやく自分なりの論理を得たので言語化できるようになり、ブログで発信しようと思い立ったのである。
私の体験した直観やもどかしさは、日本語を大切にしたいと思う人に共通しているのではないだろうか。
「日本語は美しい」
私にはこういった感情がない。
ただ、日本語を美しいと思い「気ままに」「いたずらに」「ガサツに」語義や用法をいじくり回される状況を憂い食い止めようとする人達の支えになりたいという気持でこのブログを始めた。
自分なりの論理についてだが、例えばこの記事で述べている。
日本語に関する他の媒体と当ブログが決定的に違う六つの視点柔軟で寛容なスタンスをとる人、即ち「言葉の変化全肯定論者」は進歩的で視野が広いように見えるので、酷い誤用や不適切な言葉選びに警告を発している人は肩身が狭く分が悪い。しかし「六つの視点」を獲得し「言葉の変化の実態」に気付けば「柔軟で寛容なスタンス」なるものが、いかに軽薄で破壊的な思考に基づいているかを知ることができる。...
あなたがもし日本語を守るべく活動しているなら私の論理をどんどん活用して欲しい。
管理人が企業個人問わず言葉遣いの改善を提案した実績はこちら。
【随時更新】管理人の活動実績大手新聞社やテレビ局といった企業、個人ブログ、まとめブログなどへ意見を届けた。しかし、その殆どが提案を受け入れることなく現在も活動している。「可能性」の誤用に関しては惨敗だ。よって「実績」とは言い難い。私が不適切と感じる表現はこの他に多数ある。随時更新していくつもりだ。...
「言葉は時代で変わる論者」「言葉は生き物信者」への反撃材料はこちら。
【気軽に転載してください】「言葉は時代で変わる論者」「言葉は生き物信者」の正体・実態のまとめ当ブログで主張している考えをまとめた。もし、好ましい表現の提供に対して「言葉は時代で変わる」「言葉の本質は変化」「言葉は生き物」などと見苦しく反論する人間がいれば、積極的に転載してほしい。文言の細部はあなたの性格に合わせて修正していただきたい(例:奴→人)今後の日本を楽観視し、言語を蔑ろにする輩に反撃しよう。...